事業の進化
テレビ番組と広告、そして視聴者との出会いに進化を起こしたい
動画広告ビジネスの責任者、藤次慎一郎が仲間づくりから取り組む理由

藤次 慎一郎
Shinichiro Fujitsugu
株式会社CARTA ZERO
ブロードキャスティング管轄長
スマホでもリビングでも。あなたに合った広告が届くテレビの未来へ
― 担当されている事業領域について教えてください。
テレビ番組にまつわる広告の仕組みづくりからセールスまで、ほぼ丸ごと引き受けています。
TVerやABEMA、Netflix、Leminoといった動画配信サービスで番組を見たときに流れる広告、それから地上波のテレビCM。
かつては別々の商品として売られていたものを、ひとつの組織で扱っています。セールス、運用、ソリューション開発などそれぞれの部署を合わせて100人ほどの規模です。
― テレビ番組はかつて放送電波で届けられ、お茶の間に置かれたテレビで見られていました。今では届け方、見られ方も多様化しましたね。
そこが面白いところです。
同じドラマでも、リアルタイムでテレビの前で見る人もいれば、翌日の通勤電車からスマホで見る人もいる。さらに家に帰ってからネット配信経由でテレビの大画面で見る人もいます。
視聴者からすれば、どれも同じ「番組を見た」という体験です。でも広告の世界では、別々のものとして扱われてきました。
今私たちがやろうとしているのは、その境目をなくすことです。
どこで見ていても、その人に合った広告が、いちばんいい形で届く。「テレビ番組と広告の出会い方」を新しくしたいと思っています。
私たちの仕事によってテレビ番組を見る人はもっと素敵な視聴体験が得られるし、スポンサー企業はより効果的に生活者とつながれるわけです。
― その「出会い方を新しくする」という取り組みは、今どのくらい形になっているのでしょうか。
まだまだ途上です。ただ、扱える範囲はこの数年で一気に広がりました。ネット配信の広告から始まって、今では地上波テレビCMにも届けられるようになりました。番組を軸にして、テレビとデジタルを横断した提案ができる会社は、そう多くありません。
新しい領域だから、まだ誰も正解を持っていない。これからの当たり前を自分たちでつくる余地がある。そこがいちばん面白いところです。

裏方時代から20年、業界の進化を形にする事業へ転換できた理由
― 元々インターネット広告の会社であったCARTAが、なぜテレビ番組の広告を扱っているのでしょうか。
よく不思議がられるんですが、実はものすごく昔からやっているんです。TVerの前身にあたるプレゼントキャストという会社の立ち上げ時期からパートナーとして協業していました。私はこの領域に関わってまだ10年ほどですが、当社には新卒入社以来ずっと放送領域だけをやってきた人間もいます。もう20年になります。
― 20年前は、どういう関わり方だったのですか。
最初はいわゆる裏方です。広告を配信するシステムの提供や、コンテンツの配信設定なんかをやっていました。
それがだんだん、広告商品のセールスや企画をするようになり、我々が自分の意思を持って放送局に交渉して、商品をゼロから立ち上げるようになっていったんです。
つまり、ある日いきなり参入したわけではないんです。20年かけて貢献領域を変化させてきました。
― そうやって立ち上げたサービス「PremiumView」は藤次さんにとっても大きな出来事だったとか。
放送局が自社番組をアプリで配信し始めた時期で、配信した番組を広告で収益化したい、というニーズがありました。でも従来の地上波CMのように枠をスポンサーに向けてセールスする、というやり方では大量の広告枠が売れ残ってしまう問題がありました。
そこでネット広告ではすでに当たり前となっていた「運用型広告」を導入しシステム上で自動的に買い付けられるようにしようと考えました。放送局への向き合いを長く担当してきたメンバーが発起人になり、社内有志で立ち上げたプロジェクトが後にリリースされるPremiumViewです。
ただし当時の業界はテレビ広告として長く培われてきた商習慣の中にありました。そこに全く異なるネット広告の仕組みを提案したわけです。
「本当にそんなやり方が良いのか」という慎重な考えが広告代理店にも放送局にも当然あったと思います。
私たちは一社ずつ足を運んで説明するところから始めました。でも、なかなか賛同を得るのは難しかったですね。
― どのように前進したのでしょうか。
これといった打ち手はなくて、メンバーで何年も通い続けました。運用型広告がもたらす未来、メリット、中長期の販売戦略。同じような説明を、何度も繰り返しました。
転機は、ある放送局から「一緒にやろう」と言っていただいたことです。しかも他の局にも働きかけていただいて、そこから参画してくださる局が増えていきました。
実はPremiumViewを2018年にリリースする時点では全局が揃っておらず、配信先は2つだけ。「本当にこれでリリースできるのか」と焦ったのも、今となっては良い思い出です。そこから8年間で参加局も増えて取扱高は大きく成長を続けています。

半分が抜けた。「続けられない事業に、勝ち目はない」と知った日
― 藤次さん自身のことについてお聞きしたいと思います。キャリアで転機になったような出来事があれば教えてください。
あるプロダクトの立ち上げプロジェクトで、十数名のチームのマネージャーを務めていたときのことです。
提案から運用、レポートまで全部を自分たちでやらなければならず、しかも誰もやったことのない仕事ばかり。とんでもない業務量になってしまい、対応は量も質も追いつかなくなりました。それでも案件を受け続けて、私は数字を追求していました。
その結果、チームから人がいなくなりました。半分ほどが抜けて、これでは事業そのものがまわらない。事業を畳むかどうか?という状況まで行って、ぎりぎりのところで何とか乗り越えました。
この経験がマネージャーとしてどうあるべきかを見直すきっかけになりました。続けられないような状況に人を追い込んではいけない。人の人生に影響を与えてしまう立場にいる以上、私は良いほうに関わりたい。悪いほうに行くようなマネジメントは絶対にしないと決めました。
そもそも人がいなくなって続かないのなら、その事業戦略に勝ち目があるかどうか以前の問題です。

自分が「楽しむ背中」を見せる。学んだリーダーの責務
― 現在、藤次さんが率いる組織はメンバーのエンゲージメントが高く社内でも理想として見られることが多いですよね。マネジメントのスタイルはどう変わったのでしょうか。
マネージャー自ら、仕事を楽しむ背中を見せることが大切ではないでしょうか。当時は私自身がギリギリの状態で仕事をしていて、追い詰められていましたから。
どんな仕事であれ、本人が楽しんで取り組めなければ続きません。それは華やかな仕事だけでなく、地味で当たり前の業務であっても同じです。
そうした一見地味な仕事も含めて「楽しめる空気」を作れるかどうかは、突き詰めればマネージャーの在り方ひとつだと思っています。
― 仕事を楽しめるチームをつくるマネージャーの在り方とは?
ありきたりな言い方になりますが、一人ひとりに誠実に向き合うことです。
私が若い頃は「会社が決めたことだから、やって当たり前」と思って仕事を引き受けてきました。
でも今は人に仕事を任せるとき「この仕事をやることでその人に何が返ってくるのか」「どんなデメリットがありうるのか」全部伝えるようにしています。そのうえでフィットしないのなら、なんとかうまく回るようにするのもマネージャーの仕事です。
結局いちばん起こしてはいけないのは、誰かが抜けたから事業が続けられなくなることだと思っています。それは起こしたくないんです。
このやり方が本当に正しいのかは分かりませんし、まだ模索の途上です。
ただ、今のところこの部署の離職率は低い状態が続いています。離れた仲間が戻ってきてくれるケースも増えてきました。そういう意味では皆やりがいと楽しさを感じてくれているのかな、そうだったらいいなと思います。
自分が成果を出すだけでは終わらせない。次の時代をつくる「仲間」を募る理由
― 今後について教えてください。冒頭でテレビ番組と広告の出会い方をつくり直したい、と聞きました。あらためて、その先に何を見ていますか。
視聴者にとっては、「どの媒体で見たか」より「どんな番組に出会って、どんな体験をしたか」のほうが大事になっていくと思うんです。
地上波、TVer、ABEMA、Netflix、Lemino。見る場所はどんどん広がっている。そこにデータとテクノロジーを掛け合わせれば、これまでにない広告のあり方がつくれるはずです。
しかも私たちは変化を外から眺めているのではなく、真ん中で仕事をしている。
「これからのテレビ広告ってこういうものだよね」と言われる新しい標準を、自分たちがつくれたら最高だなと思います。
― 実現のために必要なことは。
変化のスピードに組織として負けないことです。
媒体にアナログとデジタルの境界がなくなり、視聴者の行動も、クライアントのニーズも、テクノロジーも変化しています。
このような環境では過去の実績やノウハウを大切にしながらも、自ら変化を生み出す試行回数を増やすのが重要です。
そこで課題となるのは「次の挑戦を担える人をどれだけ増やせるか」ということです。
新しいことに挑戦できる仲間を増やし、専門性を磨く。知識や経験をチームの財産として共有する。そして若いメンバーが新しい発想で挑戦できる機会を生み出す。
そんな組織づくりを通して、挑戦を担う仲間を増やしています。
― 最後に、仕事で大切にしていることがあれば教えてください。
「自分が成果を出す」だけで終わらせないことです。自分がこれまで経験してきたことや培ってきたノウハウを、次の世代に渡していく。自分がいなくなった後も、その経験が誰かの仕事や挑戦につながっていけば、それも一つの成果だと思っています。
仕事人生を振り返ったときに、「自分が何を成し遂げたか」だけではなく、「誰と」「どんなものをつくり」「どんな仲間を残せたか」を語れるような仕事をしていきたいですね。



