事業の進化
組織のサイロ化を打ち破り、誰もが事実で語れるワンチームな会社へ
~役職も技術も「手段」。“コードが書けるビジネスマン” CARTA ZERO CTO 河村の「課題を解き続ける」信念~

※1:Management Buy-Outの略称で、経営陣による自社買収。
河村 綾祐
Kawamura Ryosuke
株式会社CARTA ZERO
上級執行役員CTO
デジタルトランスフォーメーション領域 副統括
原動力は「課題を解くこと」で得られる自己超越感
―これまでの経歴について教えてください。
新卒で独立系SIerに就職しました。当時は、今ほどエンジニアが活躍する企業の選択肢が多様だったわけではなく、エンジニアはシステム開発を受託するSIerに就職するのが比較的当たり前の時代でした。
次に転職した2社目は、HR領域のサービスを自社で手がける会社です。ここでは、自分たちが作ったものが売り上げに変わっていく「手触り感」を味わえたのが大きな変化でした。営業に同行すればお客様の生の声が、社内に戻れば運用担当者のリアルなフィードバックが直接届く。それをもとに自分たちで改善を加え、サービスを育てていく。 エンジニアが開発だけに留まらず、企画から運用・改善まで、サービスの全工程に関わっていくという経験が、私の中での「フルサイクル開発」の原点となりました。
3社目は再び受託の世界へ戻り、ソーシャルゲームの黎明期というビジネスの転換点に立ち会いました。 ここでは、WebサイトやiOS/AndroidアプリのUI/UX設計・開発(フロントエンド)から裏側のシステム(バックエンド)、それらを載せるインフラやプロジェクトマネジメントまで、技術領域を限定せず幅広く担当する必要がありました。いわゆる「フルスタックエンジニア」としての動き方がここで本格的に開花したように思います。
4社目はシリコンバレーに拠点を持つインターネット広告スタートアップの日本支社です。ところがある時、本社が日本法人の閉鎖を決定しました。しかし、自分たちには「日本法人には自立できる営業基盤と収益力があり、事業を継続できる」という強い確信がありました。 そこで2015年、MBOを決断。既存プロダクトを捨て、わずか3ヶ月で日本独自の基盤にリプレイスするという、非常にハードなプロジェクトを完遂しました。 まさにこれまでの経験の集大成であり、今思えば事業のすべてに責任を持つ「フルサイクル開発者」としての生き方が確立された瞬間だったと思います。
2016年に株式会社VOYAGE GROUP(現 株式会社CARTA HOLDINGS)に会社ごと買収される形でグループ入りしました。その後は、2018年に株式会社Zucks(以下、Zucks)へ異動し、2019年よりCTOに就任。以降は、株式会社CARTA MARKETING FIRM(以下、CMF)、そして現在の株式会社CARTA ZERO(以下、CARTA ZERO)と、続く組織統合の荒波の中で、CTOやDX推進の責任者を務めています。
―非常に変化の激しいキャリアですが、ご自身が大切にされている軸はなんでしょうか。
「エンジニアであり続けること」と「フルサイクルに動き続けること」の2つです。
変化の加速度が増す予測困難な現代において、未来を見通すことより「変化に適応して価値を発揮できる」ことの方が重要だと考えています。特にCARTAは組織的にも変化が大きい環境ですから、目先の「N年後はこうなりたい」という目標に時間を費やすのは、シンプルに時間がもったいないと感じたんです。 それよりも「死ぬまでにどういう状態であり続けたいか」という本質的な問いを自問自答した結果、この2つのWill(意志)が残りました。
そして、この2つの軸は何のためかといえば、「課題を解き続けたい」から。 この想いは、経営者、ビジネスマン、技術者、どの立場であっても同じです。解くべき課題が具体的に何であるかは問題ではありません。その対象は時々で変わりますし、自ら変えていくものでもあります。その時々の課題に対し、常にフルサイクルで行動し続ける。それが、私の変わらないスタンスです。

―なぜそこまで「課題を解くこと」に強く惹かれるのでしょうか?
学生時代の塾講師のアルバイト経験が大きく影響していますね。 個別指導塾だったので、その生徒に合った教え方やカリキュラムを考える必要がありました。そうやって一緒に頑張った結果、例えば生徒が高難易度の大学や医学部のような難関学部に合格していく。そういう「成果」が出た時は、純粋に嬉しかったです。
もともと「目の前の壁を乗り越える」ことに、強くやりがいを感じる性格なのだと思います。 自分の中で「ここまでやる」というコミットラインを決めて、それを超えていく。その達成感が、私を突き動かしている一番の理由なのかなと思います。
社会に出てエンジニアリングという強力な武器が加わりましたが、先ほども話した通り、やっていることの根っこは同じです。生徒の課題を解くのも、事業の課題を解くのも、私にとっては本質的に変わらないと思っています。
―では、これまでキャリアの中で最も困難だった「課題」について教えていただけますか?
ZucksのCTO就任時です。それまではDSP(※2)などのプロダクト開発を行っていましたが、CTOという立場になり、さらに組織が大きくなるにつれて向き合うべき課題が変わっていきました。具体的には「技術」そのものから「メンバーへの評価や組織構造」へとドラスティックにシフトしたんです。
CTOになった私が、組織をその変化に適応させていかなければならなかった。しかし、私自身がその変化に追いつけず、メンバーをその変化に適応させることもできませんでした。 そうこうしているうちにコロナ禍に突入。メンバーがリモートで不安になっているのに、私はCTOとしてうまく立ち回ることができず、ただ日々の開発に追われていました。当時の自分を振り返ると、「CTOとして本当に機能できていたのか?」と、今でも恥ずかしくて目も覆いたくなります。

この経験で変化しないことがいかに大きな失敗に繋がるかを痛感し、「もうあんな思いは二度としたくない」と思いました。そして、「時代も会社もこれだけ変化し続けているのに、自分だけが変わらないわけにはいかない」と覚悟が決まったことで、変わることへの心理的なハードルが下がったというか、吹っ切れました。 組織の規模や向き合う方向が変わるたびに自分自身をアップデートし、ドラスティックな変化に追随していくことが当たり前の感覚になった。それが挫折から得た最大の学びですね。
※2:Demand-Side Platformの略称。広告主が、様々なウェブサイトの広告枠を効率的に購入・配信するためのプラットフォームのこと。(さらに詳しくはこちら)
組織の全体最適を目指す「360°エンジニアリング」の確立
―この学びは、その後のキャリアにどう活かされたのですか?
「変化に追随する」という学びから、私は働き方を「フルサイクル開発者」から、組織全体の課題を解く「360°エンジニアリング」へと変えました。その実践の場が、まさにCMFのDX推進局立ち上げでした。
CMFは4つの異なる事業会社が統合して誕生したため、業務プロセスがバラバラで人力で頑張る部分が多くあり、それが生産性を高める上での大きなボトルネックになっていました。
この組織課題に対し、単なる「フロー整理」といった局所的な解決ではなく、業務全体を仕組み化し会社全体が良くなるよう「全体最適」を目指しました。
そのためにまず行ったのが、技術者の視点を超えて、他部署の業務を徹底的に理解することです。技術的な合理性だけで判断するのではなく、業務背景や課題まで深く理解しボトルネックを特定する。時には「その業務は本当に必要か?」とゼロベースで考え、業務の再構築も行いました。例えば、営業各部や経営管理部の業務プロセスを再構築し、活用しきれていなかった顧客データを営業支援やマーケティング自動化に繋げるための土台作りに成功しました。
この経験を通じて、私の目指した「360°エンジニアリング」というアプローチが組織課題の解決に確かに機能すると手応えを感じました。
―「フルサイクル開発者」と「360°エンジニアリング」の違いは何でしょうか?
「フルサイクル開発者」は、特定のプロダクトやサービスを中心として、要件定義、設計、コーディング、テスト、リリース、さらにはその後の運用・改善に至るまで、開発の全工程(=フルサイクル)を一貫して責任を持って回していくエンジニアのことを指します。
一方、「360°エンジニアリング」は私の造語で、その適用範囲を組織全体に広げた考え方です。エンジニアとしての視点を一つのプロダクト開発に閉じるのではなく、エンジニアリングと関係なさそうな組織のあらゆる側面に対しても向ける。すると、例えば法務、人事、営業組織などに対しても「課題を掘り起こし仕組み化し改善する」というエンジニアリングの考え方を適用できます。
「フルサイクル開発」がプロダクトの最適化を目指すのに対し「360°エンジニアリング」は会社組織全体の真の全体最適を目指す、という点が大きな違いですね。
―「エンジニアリング」という言葉を、より広義に捉えているのですね。
ビジネスサイドとエンジニアの垣根はない、というのが私の考えです。解くべき対象が異なるだけで、「課題を解く」という本質は何も変わりません。
だから私にとって、技術もマネジメントもスキルだと思っています。CTOという役職すらもすべては目の前の課題を解くための「手段」の一つでしかないんです。
こうした私のスタンスを「コードが書けるビジネスマン」と、小賀昌法さん(元 CARTA HOLDINGS執行役員CTO、現 株式会社LayerX Principal 兼 CTO室 室長)に称していただいたことがあります。この言葉は、まさに私を的確に表していると感じています。

CARTA ZEROを再設計し「当たり前の基準」を変革する
―「360°エンジニアリング」を武器に、現在のCARTA ZEROが抱える課題に、どう取り組んでいますか?
CARTA ZEROでもCMFの時と同様の「組織課題」に直面しています。
CARTA ZEROは、CMF、株式会社CARTA COMMUNICATIONS(略称 CCI)、株式会社Barrizと、まさに「生まれも育ちも違う」3社が統合して誕生しました。事業の成り立ちや歴史、培ってきた組織文化、使ってきた業務システム、向き合ってきた顧客まで、あらゆる背景が異なる3社が集まったわけです。当然それぞれが持つ「正義」、つまり仕事の進め方や価値観がまだ統一されていません。 その結果、組織が変わったことで、情報が部門間で滞る、情報がバラバラに管理される、業務プロセスにシステムを無理やり合わせようとするなどサイロ化が起きてしまっています。
―その「サイロ化」という根深い課題を、どのように解決しようとしていますか?
テクノロジーによってドラスティックに、仕事のやり方や意識といった「当たり前の基準」そのものを変える必要があると考えています。
その「当たり前の基準」を変えるためのアプローチは大きく2つです。
1つは組織や業務の「仕組み」へのアプローチです。エンジニアリングにおける「設計」の考え方を用い、 単なるシステム導入ではなく、組織間の情報連携や業務フローがスムーズに流れるようコミュニケーションの道筋や役割分担を最適化します。
もう1つが働く「人」へのアプローチです。 組織や仕組みだけを変えても人が変わらなければ意味がありません。 そのための指針として公開したのが「CARTA ZERO エンジニアリング組織」というドキュメントです。
これは単なるエンジニア向けのコンピテンシーガイドではありません。 総合職も含めた全メンバーに「私たちはこっち(=新しい当たり前)に向かって進むぞ」と意識を共有するためのものです。 私は技術領域からビジネス領域へと自ら「染み出していくやつら」を増やしたい。このドキュメントはそのための意識付けでもあるんです。たとえその瞬間には理解できなくても、1on1や振り返りなど、この考えに繰り返し触れる機会を「設計」し浸透させていく。日常的に口々に出てくるようになったら勝ちですね。
―CARTA ZEROをどのような組織にしていきたいですか?
先ほど回答した「設計」の核にもなっていくと思うのですが、共通の言葉として事実、つまりデータを用いる状態にもっていくことです。 エンジニアもビジネス職も勘や経験則だけでなく、同じ「データ」という共通言語で話せるようにする。そうすることで、互いの背景まで深く理解しあったハイコンテキストな会話が可能な状態を目指しています。
―最後に、河村さんが感じるCARTAで働く魅力とは?
「対話」が非常に活発で、その対話を受け入れてくれる人が多いことですね。CARTAには「こうしていきたい」「もっとよくしたい」という上を向いた意見を発した時に、それをきちんと受け止め一緒に形にしようとしてくれる仲間がいます。
私は職位や肩書で人を語るのが好きではなく、そこに至るまでのプロセスを大切にしたいと考えています。 どのような課題にどう取り組み、どのような学びを得て、どう成長してきたか。「対話」を通じてその「プロセス」を深く知ることができます。
それが、CARTAが掲げる「人を大事にする」ということにも繋がると信じていて、この「対話」へ真摯に向き合ってくれる仲間となら、今の課題を乗り越え組織も自分たちも進化させ、その先の景色を一緒に見られると確信しています。



